まだ梅雨も明けないこの時期の朝は、微妙な湿気に嫌になりそうだ。
まだ朝日が昇らないのに辺りが明るくなってくるという奇妙な時間、
屯所の外が少し騒がしい。
「・・・ようやく帰ってきたか。」
廊下に立つ銀時はふぅと息を吐き、後ろを振り返った。
戸が開いている部屋の中では、が静かな寝息を立てて眠っている。
あれから数時間雑談を交わして、気づけば先に寝ていた。
喋りすぎたか、と後悔するのも束の間、布団を出して寝かせたのは確か数十分前。
「じゃぁな。また会おう・・・」
眠っているに静かに声をかけ、
銀時は戸を閉めて屯所の入り口へとゆっくり歩き出した。
弐 ---そして陽が昇る---
「あらあら皆さん、ボロボロなこって。」
銀時が外へ出ると、傷口を押さえながら中へ駆け込む隊士や
パトカーの前であれこれ駆け回る隊士などでごった返していた。
銀時はその中で存在感を惜しげもなく放っている幹部達を見つけ、スタスタと近づく。
「あ、旦那。」
「おぉ、ご苦労だったな〜!」
沖田が真っ先に気づくと、近藤が続いて労いの言葉をかけた。
それはこっちの台詞だ、と苦笑いすると、
その横にいる土方がめんどくさそうな顔を向けた。
「あいつはどうしてる?」
「寝てるよ。おしゃべりが過ぎちゃったみたいでさ〜気づいたらもうぐっすり。」
そう銀時が言うと、土方は少し驚いたような顔をした。
「・・・そうか。」
「おや〜何か言いたそうですけど?」
「何でもねーよ。」
ふっと顔を背け、土方は山崎と話を始めた。
「ちゃん、変わった様子はなかった?」
「ん?な〜んにも。
俺が会った時のが普通なら、普通だね。」
「じゃぁ大丈夫でさぁ。」
沖田が改めてそう言うと、銀時は不思議そうに沖田を見た。
「・・・なんか顔についてますか旦那?」
「いや、てゆーかあんたらはそんなに傷ないよね。流石?」
「土方さんなら、足を軽く引きずってまさぁ。」
銀時が傍で山崎と会話をしている土方の足を見ると、
その視線に気づいた土方が思い切り嫌そうな顔を向けた。
「んだよ。」
「鬼の副長が足引きずってるなんてダサイねーって思っただけ。」
「んだとコラー!!」
「こらトシ、今は安静にしてなきゃって医者に言われただろう!!」
銀時の挑発に抜刀しそうになる土方を必死に近藤が止める中、
銀時は今度はただ眺めている沖田の方へと向いた。
「なんですかさっきから、気持ちわりぃ。」
「相変わらず口が悪いね沖田くん。にもそんな風に言ってるの?」
「・・・旦那には関係ありませんぜ。」
「ちょっとちょっと、君がの面倒見てくれって頼んだんでしょう!?」
白状だねーと言って呆れる銀時を、沖田は怪訝そうに見つめる。
「・・・旦那、に何かあったんですかぃ?」
「なんでー?楽しくおしゃべりしてただけだって言ったでしょう?」
「・・・そうですか、なんか俺には旦那が怪しく見えて仕方ねーんですがねぃ?」
そう言うと、銀時は一瞬顔を顰めた後、
「・・・気のせいじゃないの。」
と言っていつもの顔に戻った。
「あぁでも・・・会えてよかったとは思ってるけどね。」
最後に思い出したようにそう付け加えると、
お代はきっちりねーと言って銀時は帰っていった。
それを少しの間見ていた沖田は、サッと屯所の中へと入っていくと
ある一つの部屋を目指してぐんぐん突き進んでいく。
そして目的の部屋に着き、障子に手を掛けた。
ガラッ
「!?」
「あっ・・・」
だが、沖田が開ける前にその障子は開け放たれ、中からはが出てきた。
出会いがしらに衝突しそうになったが慌てて手前で止まる。
「・・・」
「あ、の・・・外が騒がしいから、帰ってきたと思って・・・」
突然の事で驚いている沖田の前で、もあたふたと事情を説明する。
どうやら外が騒がしいせいで、少し前に目が覚めてしまったらしい。
「・・・」
「・・・あ、ごめんなさい。勝手に外に出ようとして・・・」
尚も黙って自分を見つめる沖田に、は怒られると思ったのか
サッと一歩引いて距離をとった。
「・・・、旦那とはどうでしたかぃ?」
だが沖田は怒る様子もなく、何気ない口調で話しかけてきた。
「え、・・・銀のこと?」
銀、という普段聞いたことのないあの侍の呼び名に、沖田は眉をひそめた。
「銀て呼んでるんですかぃ?」
「あ、うん・・・銀色の髪だったから・・・名前もそうだし。」
そう事の経緯を話したは、最後に楽しかった、と付け加えた。
沖田がにした先ほどの質問の答えらしい。
あからさまに驚いた様子の沖田に、は困惑した。
対する沖田は、まさかの口から
楽しいという言葉が出てくるとは思っていなかったらしく、
かなり驚いていた。
それと同時に、言い様のない気持ちも表れた。
「でも、楽しいと思えるようになったんですかねぃ。」
「え?あ・・・うん、多分これが、楽しいってこと、だと思う・・・」
まだ楽しいといった系統の感情がよくわからないだが、
顔もまだ無表情だが、それでも楽しい、と言った。
大した進歩だ、確実にの堅い心が開かれようとしている証拠だ。
だが、そうしたのは紛れもなくあの銀髪の侍で・・・
それきり黙ってしまった沖田に変わり、が今度は言葉を投げてきた。
「み、皆さん無事ですか?」
「・・・えぇ、幸い死んだ奴はいねーぜ。怪我人は多数だが・・・」
「総悟は怪我、してない?」
「掠り傷でさぁ、問題ありません。それよりも土方さんでさぁ。」
「え、土方さんは・・・?」
「足をやられて軽く引きずってまさぁ。面白いから後で見せ・・・て・・・」
ヒョイヒョイと続いていた会話は、沖田によって止められた。
驚いての顔を見ると、の顔が幾分か強張っている。
「・・・今、なんて呼んだ?」
「あっごめんなさい・・・名前で呼ぶの、嫌ですか?」
「沖田さん」とは呼んでいた。
つい数刻前、夕暮れ時に別れた時もはそう呼んでいた。
だが、今呼ばれた名は「総悟」
顔が強張っているということは、前から言おうと心がけ、緊張していたように見える。
「・・・なんでいきなり・・・」
「銀が、言ってくれたの。」
「じゃぁ、今すぐ笑えないのは仕方ないんだ。だったら・・・名前で呼んでやれ。」
「名前で・・・??」
「笑ってやることで沖田くんは安心出来るんだろうけど、は出来ないんだろう?」
「・・・笑い方が、わからないの。」
「だったらその代わりになるかわからないが、名前で呼んでやるといい。
が名前で呼んでやることで、せめての思いが伝わるのなら・・・な。」
あの時言ってくれた銀時の言葉が、の中で蘇った。
ここにきてもう幾分か経つ。
その間、一番会いに来てくれて、一番傍にいてくれたのは目の前にいる沖田・・・総悟だった。
あの大雨の日に初めて会ったからというのもあるが、
自身、総悟に感謝している面が多い。
だが、それでも心は辛い路地裏生活もあってまだギシギシと軋むように脆く、
感情というものもよくわからないし、
まして笑って総悟に感謝を伝えることは出来そうにない。
だから・・・銀時のアドバイスの通り、
せめて名前で呼ぶことで、それが伝わるなら・・・と。
「あ、でも・・・嫌ならまた沖田さんで・・・」
「誰も嫌なんて言ってませんぜ。」
驚いているだけの総悟に不安を覚えたが慌てて弁解しようとしたが、
それを遮ったのは総悟だった。
「・・・総悟。」
「なんですかぃ?」
「・・・・・・おかえりなさい。」
そう言ってくるの顔はやはり無表情だが、総悟はフッと優しく笑った。
それを見たは何かを言おうとしたが、その前に手を額にあて、顔に影を落とした。
何事かと思った総悟も、背後に何かを感じて振り返った。
そしてと同じように顔に影を落とした。
朝日が、昇ってきたのだ。
屯所の壁も超えて顔を出した朝日が、強烈な光を2人に向かって突き出している。
それを眩しそうに見ていた総悟はまたの方へと向き直った。
尚も顔に影を落とし朝日を見つめる。
その、眩しそうに目を細めている表情はまるで笑っているように見えて、
総悟の中で何かがギュッと胸を掴んだのを、総悟は確かに感じていた。
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総悟帰還。(笑)
話の展開に合わせて、
表記を"沖田"から"総悟"に変えてみました。
2009 01 11
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