「あ、おはようございます沖田さん!」
「なんでぃ、今日は早いな。」
「沖田さんこそこんな朝早くから起きてるなんて珍しいですね!
いっつも寝坊して副長に怒られてるのに。」
楽しそうにクスクスと笑うを見て、沖田も笑った。
「私は今日、早番なだけですよ?」
そう言っては井戸から汲み上げた水で野菜を洗う。
男だらけのむっさい屯所において、唯一女性が入っているのは台所。
そこで早数年お手伝いをしているはまだ沖田よりも2歳だけ幼い。
「早番なんてあんのかよ。」
「沖田さんは絶対知らないと思いました。」
「何時からでぃ?」
「五時です。普通出勤の日は六時なんですけどね。」
ただ今の時刻、朝の五時半を少しだけ過ぎたところ。
七時から朝食の真選組は朝からガッツリ食べる人ばかりで準備が大変なんだろう。
「だからって五時・・・俺には真似出来ねーな。」
「そんな沖田さんがどうしてこんな朝早く?」
「さっきも聞いたな〜。」
「だって沖田さん答えてくれないんですもん。」
そう言って苦笑いをするを他所に、沖田はバシャバシャっと顔を洗う。
「にしてもさみぃな。」
そして何気ない会話を続ける。
質問に答える気はないのだろうか?
「だってもう二月ですよ?一番寒さが身にしみる時期です。」
だからと言ってしつこく聞いたって、沖田は絶対に答えてくれない。
なのでもその質問は諦めることにした。
「よくそんな中、冷たい水で野菜洗おうとするなー。」
「あったかい水で洗った野菜なんて美味しいと思います?」
「思わねーなぁ。」
「でしょう?これが私達の仕事です。」
バシャバシャと野菜を洗う度に水が音を立てる。
夏ならばなんとも涼しげだろうが、今は真冬。聞いているだけで凍えそうだ。
「寒いと思うならお部屋に戻ってはどうですか?」
それを見て寒い、と連呼する沖田にそう告げるが、沖田は立ち去ろうとはしない。
「一つだけ質問するぜ。」
「なんですか?」
「なんでは、左手を庇いながら洗い物してるんでぃ?」
ピクリと反応して、そのまま野菜を洗う手が止まる。
左手を庇う・・・その理由はただ一つだ。
左の袖の中には、アレが入っている。
「なんのことでしょう?」
「でもとぼけんだな。」
「どういう意味でしょう?」
「いっつも何でもテキパキ答えるだろ?」
「それきっと沖田さんの思い違いですよ。」
クスクスと笑って野菜をまた洗い出す。
我ながらナイスカムフラージュ!と拍手してやりたいぐらい上手くいったのではないだろうか?
「おい。」
だが、
「俺を欺こうなんて百万年はえーんだよ。」
それでも誤摩化しきれないのが、この沖田総悟という男だと改めて思った。
「・・・え〜っと・・・」
どうしようかと悩んでいると、サッと沖田がの前にしゃがみ目線を合わせた。
バッチリと正面で見つめ合ってしまい、すかさずが目を逸らす。
「なんでぃ、俺が言ってる事が間違ってんなら目ぇ見て言いやがれ。」
「いや、近いですもん・・・」
「距離は関係ねーだろ?」
「十分関係あります!一番大事ですっ!!」
焦るだが、それでも沖田はそこに居座る。
恐らくジッとこちらを見ているだろう。
目線を合わせたくはないが、視線がピリピリと痛い。
仕方なくはぁ、とため息をついたは恐る恐る沖田の方へと顔ごと目線を向けた。
「や〜っとこっち向いたな。」
「っ・・・!!」
するとやっぱり案の定、沖田はバッチリこちらを見ていて、しかもあの不適な笑み付きだった。
そう、副長を出し抜いたりしている時の、あの不適な------
「あ!!!!」
そして、気づけば沖田の手には小さな箱がころりと転がっていた。
「な、ど、泥棒!!」
「人聞きのわりぃ言い方だなー。」
「だって・・・!!!!」
こ、この人は、人の着物の裾に勝手に手ぇ突っ込んで・・・え!?←混乱。
「な、返して下さい!!」
「やーだよ。」
急いで取り返そうとするが沖田はしゃがんだまま器用に後ろへ下がった。
だが運動はどちらかと言えば苦手な部類に位置するはそれについていけず、
「きゃっ・・・!」
当然のように前へつんのめる。
顎あたりで土を削るなんとも恥ずかしい事態を想像したは思わずギュッと目を瞑った。
が、その気配はいつまで経ってもやってこない。
「あ・・・れ?」
「、お前とんだ阿呆だな。」
「おおおお沖田さん!?!?」
恐る恐る目を開ければ、目の前は沖田の隊服だった。
倒れ込むような、飛び込んだような格好だ、つまり沖田に抱きとめられているのだ・・・!
沖田も急いで抱きとめたのか、尻餅をついている。
「ごめんなさい!お怪我は!?」
「んなもんあるか。真選組嘗めんなよ。」
「うぁ、ご、ごめんなさい。って、えっ!?」
はすぐに退こうと腰を引くが、沖田の手がかっちりと掴んでいて離れることが出来ない。
「お、沖田さん・・・?」
恐る恐る顔を上げると、案の定沖田もこちらを見下ろす形で見ていた。
さきほど真正面で向き合っていたよりも距離が近く、思わず顔が火照るのがわかって尚更恥ずかしくなった。
でも、顔を背けることは出来なかった。(なんでか知らないけど・・・!!!)
「あ、の・・・」
「これ、返してほしいんだろ?」
困っているに、沖田はひらりと先ほどから事の中心にいる箱をちらつかせた。
「あぁぁぁ、チョコ!!!」
「へ〜これチョコなのか。」
「なっ・・・!?し、知っててやってるんでしょう!?」
「さーが言うまでわかんなかったなぁ。」
う、嘘だ!最初からわかっててあんな切り込みで話題を出してきたくせに!
と思わず叫びたくなる程、沖田は楽しそうに不適に笑っている。
「で、誰に渡すんでぃ?」
「なっ・・・!?」
「誰かに渡すためにあんだろ?今日はなんてったってバレンタインだからな。」
沖田は更に不適に笑った。
でもその顔はものすごく格好良くて、の顔はそれに比例するように赤みを増していった。
「・・・い、言わなきゃ駄目、です、か・・・?」
「なんでぃ、言えねーのか?」
「あぅ・・・」
は窮地に追いやられた。
どうしていいのか頭が回らない。
どうせこの人はわかっててやってるんだ、私があげたいのはこの人だってこと・・・
でも、言い訳させてもらうよ!
本当は、こんなつもりじゃなかったのだ。
確かに渡したいと思っていたのは目の前にいる人だが、
そのために昨日一生懸命手作りして、どうやって渡そうかもその時の台詞も考えては来た。
けど、まさかこんな朝っぱらからチャンスがくるなんて思ってなかったし、というか、場面的にも大分予想外なんですけど!!?
これなら、渡す時がくるまで巾着に入れておけば良かった。
なんでバレるのが怖くて朝っぱらから裾に仕込んだりしたのだろう・・・
・・・考えたって、埒があかない!!!!
・・・でも、どうしたらいいのかわからない!!!!
が口をパクパクさせていると、沖田ははぁとため息をついた。
「なっ・・・!ため息ってなんですか!?」
「呆れてるんでぃ。」
「なぁっ・・・!だ、だってですね〜・・・」
「言えないんならそれでもいいんですぜぃ?」
「・・・へっ!?」
「今日中に俺に言えればそれで。」
そう言ってまた不適に笑うもんだから、やっぱりの顔も更に赤くなった。
今日中にって・・・え、今日中に貴方に伝えろと!?
それまで今日一日・・・え!?
・・・いやいや、そんなことしたら目の前の人がどう出るかなんて容易に想像がつく!
・・・ご、拷問だ!!!!
「いいいいいいい言います言います!だから拷問はぁ〜・・・」
「よーしじゃぁ言え。」
「はうっ・・・あの、その・・・」
今度は沖田が不適に笑ったわけでもないのに、の顔が赤くなった。
どこまで赤くなれるんだ自分!!!
だが、言わなければ・・・ど、どうせ言うつもりだったんだし・・・
と意を決した。
「お、沖田さんへです!!!!!」
言ったーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!
恥ずかしさのあまり思わず沖田の胸に顔を押し付けた。
これで自分の顔を見られずに済むが、逆に沖田の反応が見えない。
「・・・お、沖田さん?」
くぐもった声で沖田の名を呼ぶと、
「やっと言ったな。」
声色からしてとっても楽しそうな沖田の返事が返ってきた。
「・・・やっぱりわかってたんですね。」
「さぁ、どうでしょうねー?」
「これ・・・誘導尋問ですよ。」
「尋問した覚えはねーぜ。」
「尋問ですって!いや拷問!!沖田さんホント趣味悪いですよ!?」
「・・・」
「なんですかー・・・って、え、名前!?」
突然サラリと言われた自分の名前。(だってさっきまで苗字・・・!)
驚いて顔を上げると、そこにいた沖田は不適に笑ってはいなく、すごくすごく優しい笑顔だった。
「これからは総悟って呼べ。」
「え、え・・・?」
「それと、他の奴にチョコなんて渡すんじゃねー。」
「え!?」
「どうせのことだ、義理チョコかなんだかで他の隊員にも用意してんだろ?」
「なんで知って・・・!?」
「の考えることなんて手に取るようにわかんだよ。」
「なぁ・・・!?」
「だからってそれ、ぜってー渡すなよ。」
「あの、でも・・・」
「特に近藤さんや土方の野郎あたりは、何勘違いするか・・・」
「でも、でも、沖田さん・・・!」
「あぁそれと・・・」
畳み掛けるように次々と要求され意味が分からず混乱しているというのに、
沖田は次に思い出したようにおでこにちゅっと口づけた。
「・・・はぁ!?!?」
「名前呼ばなかったら一回につき一回キスするかんな。」
「へっ!?」
更に言われたありえないことに、の頭は最早パンク寸前。
キャパシティ足りません!!!
「な、なんで・・・」
「あぁ、キスっつっても次からは口な。」
「な、そ、それは・・・!?」
「ん?あぁ、今やっときたいって?」
「ち、違います!!!!」
楽しそうに笑う沖田の顔が近づいてくるので構わず手で払いのけようとするが、
今度はその手をつかまれて手の平に口づけを落とされた。
「っ・・・お、おきっ、そ、そう、ご・・・」
「なんでぃ?」
「っあ、の・・・そろそろ・・・戻らない・・・と・・・」
一体どのくらいの時間が経ったのかなんて最早わからない。
けれど、あんまり遅いと誰かが自分を呼びにくるかもしれないし、そんな時にこんなところを見られたらたまったもんじゃない!
「そうだな、そろそろ準備に取りかかる時間だ。」
沖田もそれを了承し、やっと腰に回っていた手も離れた。
ホッとしたは、結局尻餅をついてその場にペタンと座り込んだ。
「んじゃこれ、有り難く頂くぜ。」
「・・・はい、どうぞ。」
結局考えていた通りにはいかなかったが、当初の目的通り本命チョコは渡せたし、
沖田も喜んでくれているみたいだし、これは・・・成功、ってことで。(多少慌てふためいたがもう気にしない。)
「。」
「なんでしょう?・・・っ」
名前を呼ばれ、まだそれに慣れない自分の胸がドキドキとうるさい中顔を上げると沖田の顔面が間近にあった。
「ち、近い近い近い!!」
「。」
「だ、だからなんでしょう!?」
「好きだから。」
「!?!?」
そう言ってまた優しく笑った沖田は、結局の口にちゅっと軽いキスを落として去っていった。
「な、な、な・・・」
はそれを信じられないといった顔で、それでもやっぱり真っ赤な顔で見送った。
そう言えば、自分は彼に好きと言っただろうか?
当初の目的ではついでに言ってしまおうかとも考えていたが、
結果がこれで言えるはずもなく過ぎてしまった。
のに、彼は自分に、最後・・・
まだ彼の唇の感触が残る自分の唇にそっと手をのせる。
そこは真っ赤な顔以上に熱く火照っていた。
「そ、んなに好きだったんですか・・・?」
思わずこぼれてしまった惚気のような言葉に、言った瞬間恥ずかしくなったのは言うまでもない。
隣で水にプカプカと浮かぶ野菜達は、一体いつまで待たされるのやら。
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朝からなーにイチャついてんだこの馬鹿ップルめ!!!
(書いてて恥ずかしくなった人ここに一名。)
2009 02 08