「あ、光そこの消しゴムとって!」
「・・・なんで俺が取らなアカンのですか・・・」
「え、だって光の方が明らか消しゴムに近いやん。」
そう言われて初めて顔を上げれば、
部室の真ん中に設けられた長テーブルで向かいに座っている先輩よりも
なるほど確かに自分の方に消しゴムが転がっている。
仕方なしにそれをデコピンするようにテーブルを挟んで反対側にいる先輩に飛ばせば、
先輩は器用にそれをシャーペンで受け止めた。
「ナイスコントロール!やね。」
「ナメとんのですか・・・」
「褒めとるんやから素直に喜びなさいよ・・・ホンマ可愛くない。」
それが面白かったのかキャッキャとはしゃぐ先輩にこれでもかと盛大に呆れた風な言葉を飛ばせば
一瞬にしてしかめっ面になる。
表情がコロコロ変わりすぎや・・・ホンマに。
「俺に可愛さを求めんといてください。」
「わかっとるわ、アタシは金ちゃんにしか可愛さは求めてない!」
そしてぷいっと顔を逸らした後にまた書き込んでいるノートに集中し出した。
おかげで今、俺がさっきの先輩のようにしかめっ面をしている事には気づいていないハズ。
・・・何も2人しかおらん時に他のヤツの名前を出す事ないやろ・・・
そんな言葉が頭を過ぎって、瞬時にアホらしいと我に返る。
他のヤツと言ってもそれは遠山で・・・って、アホらしいというのはそれ以前の問題だ。
もう呆れたらいいのかどうしたらいいのかわけがわからなくなる。
目線をずらせば先輩はこっちを気にする素振りもなく必死にノートを作っている。
なんでも、オサムちゃんがつくった新しいメニューを今後の部活でどう組み込もうかと考えているらしい。
・・・なんにせよ、たまたま部室に来た俺の事はほとんど気にしていないのだ。
強いて言えば、さっきのように物を取ってとせがむぐらいのもの。
フウと先輩に気づかれないよう小さくため息をつき、
先ほどからやっていたラケットにグリップテープを巻きなおす作業も終えたところでゆっくりと立ち上がると、
それには流石に気づいたのか先輩も顔を見上げて・・・
「・・・まさか光、それでこの後練習するん?」
「・・・・・・・・・ハ?」
練習いってらっしゃいなんていう、
いつもの在り来たりな言葉が来ると思っていた俺は予想外の事にハタと立ち止まった。
「え、アレ?だって光、そのグリップ合ってなさそうにしてたやんさっき。」
そうすれば勘違いなん?と首を傾げる先輩、さも当たり前のように言ってくる言葉。
確かにテープを巻きなおして握った時に違和感はあった。
さっきも打ち合いをしていた時に違和感を感じて部室まで巻きなおしに来たのだが、
そもそもこれは最近発売された新商品でお試しのつもりだったため、正直いって合っていなかったのだろう。
・・・じゃなくて、
「・・・よく見てましたね、そんな事・・・」
「そんなの当たり前やん、目の前に光がおるんやから!」
そういっておもむろに立ち上がった先輩を見て、さっきのアホな一人問答が本当にアホになってしまった。
なんだか無償に頭を抱えたくなってしまったが、
その時には既に席を立っていた先輩が後ろのロッカーを漁って帰ってきていた。
「ほい。」
グリップテープを差し出しながら。
「・・・なんスか、これ?」
「見てわからんとはアホやなテニス部員、グリップテープや!」
「それくらい見たらわかります、先輩と一緒にせんといて下さい。」
「悪かったなアホで!!!!」
なんや、自分がアホって気づいてるのかこの人は・・・やない。
「なんで先輩がこないなもん持ってるんですか?」
差し出されたグリップテープ。
こういうものは普段部員が自分達で購入するもので、部の備品として一括で購入するわけじゃない。
しかも先輩が持っているのは俺が普段から使っているもの。
そう思って不思議そうに先輩を見下ろせば、先輩はニコリと笑みを浮かべていた。
心臓が少し、跳ね上がる。
「ホンマは前からな、光がグリップ気にしてるみたいやって思ってたんよ。
聞けば新商品試してるらしいて他の人も言うてたし。」
「・・・で?」
「で、昨日備品調達しにスポーツ用品店行ったときに光が前から使ってるこのテープ見つけたんや。」
「・・・だから?」
「だから、なんか使いづらそうにしてるんならいっそこっちに戻せばいいと思って買っておいたんよ。」
「・・・先輩が?」
「そ、先輩が。あ、自腹ちゃうからそこは気にせんといてや、必要経費で落としておいたから。」
エエ事した後ってのは気持ちええなーなんて呑気な事を言っている先輩に、なんだかついていけない。
普段からアホだの天然だの部員に言われまくっている先輩でも、
実は部内では一番目を配らせていてしっかり者という正反対な面まで持ち合わせるというアンバランスな人だ。
部員の体調が悪いのをいち早く気づけたりもする、別にこんなの普段の先輩なら普通にやりかねない。
「・・・必要経費で落とせるんですか・・・」
「あれ、着眼点そこぉ?
まぁ普段からオサムちゃんが何かと部費をちょろまかしてるんや、このくらいどうって事あらへん!」
弱みならこっちが持ってるんや〜と自信ありげにケラケラと笑っている。
いつも通りなのだが、どうしよう、
(・・・アカン、嬉しいとか思っとる・・・)
「光?使わないんやったら他の人に渡してしまうで?」
不覚にも喜んでしまった自分にビックリしていると、
何の反応も返さなくなった事を不思議がった先輩がヒラヒラと手を振ってくる。
「あ、いや、有り難いんで使わせてもらいます。」
ここで先輩の親切を無駄にするわけもなく少し慌てて、
けれど決して表には出さずいつも通りの声のトーンでそう言うと、なんだか先輩の笑みに変化があった。
さっきまではニコリと普通に笑みを浮かべているだけだったのに、なんだか今は楽しそうだ。
「・・・なんスか・・・」
「うん?いやぁ光が驚いてるところ見れてなんか得した気分。」
ヘヘヘと笑った先輩に、不意に眉間に皺が寄った。
「毒舌王子でポーカーフェイスな光でもそういう顔するんやね、驚き新発見や!」
どうも予想以上の反応を返してしまっていたらしく、それが先輩のツボだったらしい。
確かにこれではいつもの俺ではない。
これ以上調子付かせては他の人に自慢して回る事もなくもない、そんなのご免だ。
だからこちらも負けじとニヤリと笑ってやった、ある事に気づいたから。
「せやかて先輩こそ驚き新発見やないですか。」
「ヘ?なんで?」
「普段他の人がそういう事気にしてても別に買ってきたりまではしないやないですか。
なんで俺にはわざわざ買ってきてくれたんですか?」
まるで自惚れているような言い方だが、先輩には効果てき面らしく途端に少し顔が赤くなった。
ほら、こうしているのが普段のこの2人だ。
「そ、それはだから、たまたまお店にあったし、それに驚いてくれる思って・・・」
先輩は恥ずかしいのかボソボソと小さな声で何か愚痴っている。
だが悪いがそれもしっかりと聞こえている。
今は部室には2人きりでこれだけ静まり返っているのだ、当然の事。
だから再び何か言葉を畳み掛けようと口を開こうとして、
「せやかて、光もさっきちょっと嬉しそうに照れたやろ!
なのにこんな時までいじわる言わんでもええやんか!!!」
それより先にガバッと顔を上げた先輩に先を越された。
そしてその言葉の意味に、ギョッとした。
もう先輩の顔は赤くなく、むしろいつも通りからかわれた事に対してムッとしている。
けど、今言った事は、言葉は、よくない。
バレてた、バレてしまっていた。これはマズい。
けどどないやろ、やっぱり内心は嬉しい、嬉しい。
けど、そんな事、二度も先輩にバレるのは癪に障る、残念ながらそういう性格なんや。
だから、何もいえない代わりに------