「あーあ、これまた派手にやったもんだね。」
「小言はいいから早く消毒しちゃってくれる?」
「はいはい。」
あまりに酷く転んだのか、
普通の擦り傷より何倍もエグイ膝の状態に伊作は思わず呆れてしまう。
その傷を引っ提げてやってきたはバツが悪そうにプイッとそっぽを向いた。
「どうやったらこんな大きい傷作るの。」
「別に私が特別ヘマしたわけじゃないのよ。偵察も十分出来たから私だけ先に帰ってる途中で。
そしたら他の班の子が失敗して城の人に追われてて、助けたらこんな感じになってしまいましたとさ。」
むしろ野外演習真っ只中に他の子助けたんだから褒めてほしいわ。
とまで言ったはようやく顔をこちらに向けるが、そこにあったのは呆れ顔の伊作のみ。
「何よ、そこまで呆れる事ないでしょ。」
「いや、他の班の子を助けるなんて、らしいなと思っただけだよ。」
今回の忍たま・くのたま合同野外演習は、
それぞれ振り分けられた城などから巻物や密書といった類のものを取ってくる事。
いつもと違うのは各班に一つずつ城や屋敷が振り当てられるのではなく、
複数班で一つの城から同じものを取ってこなければならない、所謂争奪戦だという事。
「その割にはそういう顔してないけど?」
「あれ、どんな顔してるの?」
「ばっかじゃないのって顔。」
「酷いな、そんな事ないよ。
が例え敵の班でもピンチならほっとけないんだっていうのは、わかってるし。」
「じゃあそれをわかってる上でやっぱり馬鹿だなって思ってる?」
「違うってば。強いて言うなら、
保健委員長と同じ班でこんだけ大きな傷作ってきていい度胸だなって思ってるくらい。」
その言葉にはウッとうめき声を上げた。
何があっても優しさ満開なこの男も、
例えそれが不運と呼ばれていようが保険委員長な時点で怪我などの類にはうるさい。
いや、うるさいなんてもんじゃないくらい、うるさい。
しかも、怖い。
「・・・すみません、治療してください。」
「言われなくてもするよってことで、ちょっとジッとしててね。」
がガックリと項垂れると、伊作は手際よく消毒液なんかを取り出す。
本来ならばこういうものはくのたまが持つものだが、この班は伊作がいるので必然的に伊作になった。
消毒液を染み込ませたガーゼを膝に当てると、ジュワリとガーゼに染み込みきれなかった消毒液が垂れる。
「いいいいい痛いよ!痛いってば伊作!」
「そりゃこれだけ深ければ染みるよ。」
「もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃない!!」
あまりの刺激には伊作を睨む。
垂れた消毒液は忍装束を伝い土に染みを作った。
「それにしても酷いね、引きずりながら帰ってくるわけだ。」
「別に毒とかにやられてないからすぐに動けるようになるわ。」
「無理だね、今日くらいは安静にして。」
「大袈裟よ!それに私が動けないと他の人達にも迷惑がかかっちゃうもの!!」
他にまだ偵察から帰ってきていない忍たまやくのたまの顔を思い出したのか、
はフルフルと首を横に振って伊作の言葉を却下した。
「それだけは嫌。」
「そうは言っても・・・」
「しつこいわよ伊作。」
時々深いところに染みる消毒液に顔を顰めつつ、きっぱりと言い切る。
「伊作だって忍たまでしょ、それくらいわかるハズよ。」
「わからなくもないけど・・・」
「もし課題をこなすうえで足手まといになるのなら、その場合の身のふり方も心得てる。」
「!!!」
の言葉に驚いた伊作が傷口から目を離し顔を上げた。
「私達が取ってこなければならないのは城の殿様が肌身離さず持っているという巻物。
いざとなればこの怪我を利用して城に潜入するから。」
真剣な顔で言ったに、伊作も息を呑んだ。
「だから大丈夫よ、ね?」
すると今度は伊作を安心させるようにフワリと笑う。
「・・・」
「あーもうシラけちゃうじゃない!とにかく、一応念のために治療急いでくれる?」
そして次にはおどけた様に言う。
伊作はそれを見て黙ってまた治療を進める。
ガーゼと包帯で怪我を隠す。
「応急処置はこれくらいしか出来ないけど・・・」
「十分よ。むしろ大袈裟に見えるから本当に城に入れるかも・・・」
心配する伊作をよそにはそんな事をぶつくさと言っている。
「・・・女の子なのに。」
そんなを見た伊作がポツリと呟くと、途端にはムッとした顔で伊作を睨む。
「伊作、それは全くの一を否定する事になるわよ!」
「いやそこら辺のくの一は関係ないんだけど・・・」
「ハ?それどういう意味---」
ますます失礼だとばかりに声を荒げようとするだが、不意に聞こえたガサガサという音でハッと口を噤んだ。
伊作も音がした方へ耳をそばだてる。
「どこへいった?」
「まだこの辺は探していないぞ!」
どうやら他の班のくのたまを追っている城の者らしい。
段々とこちらへ近づいてくるのが声の大きさでわかる。
「城の衛兵かな・・・、どうす---!!」
「どうするも考えは一つしかないでしょ。」
伊作がその方向を警戒しつつ振り返ると、はいつの間にやら町娘に変装していた。
「あいつらがここに来たら怪我を理由に城に入るわ。」
「けどっ・・・!」
「伊作はもうすぐ偵察から帰ってくる皆と合流して。
私の独断でこんな事するけど、きっと皆ならこれを上手く使いこなしてくれるでしょう?」
だから安心出来ると、笑うに伊作は眉を寄せた。
「・・・いいの?」
「色の授業もちゃんとやってるしそこら辺は心得てるわ。
いざとなれば私一人で巻物取れちゃうかもね。」
まだどの班も偵察の段階であるハズだから、
いち早く潜入することで他の班に同じ手を使えなくさせることも出来る。
この手は必ずしも役に立たない事はない。
「言ったでしょ、どうすれば足手まといにならないかわかってるって。」
「・・・わかった。」
がもう一度笑えば、伊作はコクリと頷きサッと身を翻し衛兵達とは反対方向へと走っていった。
ガサッ
「お、なんだ娘、そこで何してる?」
するとそれに丁度タイミングを合わせたように城の衛兵が二人やってきた。
「いいところに来てくださいましたお侍様!」
「なんだ、怪我でもしてるのか?」
「実は先ほど、そこの草むらで足を取られてしまいまして。応急処置はしましたがまだ痛くて動けないのです。
よろしければお城で治療などしてくださいませんでしょうか?」
は座り込んでいるのをいいことに衛兵達を上目遣いを見つめる。
衛兵はコソコソと話し込んでいるが、ここで断るとは思っていない。
こんなに若い娘をほっとくことは、まずない。
「では城に連れて行こう、立てるか?」
「はい、ありがとうございます!」
思ったとおり衛兵達はの頼みを快諾し、手を伸ばしてきた。
心の中でこっそりと笑ったは嬉しそうにその手を取ろうとして---
「ぐあっ!」
その衛兵の体がグラリと揺れた。
「どうしっうわ!!!!」
もう一人の衛兵も驚いているが、次の瞬間同じく前に倒れこんだ。
「え・・・!?」
その二人の背中には手裏剣が刺さっている。
どこかの城の者がいるのかと、は焦って辺りを見回す。
だが、そんなの目の前にシュタッという音とともに降り立ったのは・・・
(伊作!?)
見まごうことない、さっき走っていったハズの伊作だった。
「な、なんで・・・」
驚くに伊作は笑っているだけだ。
だが倒れている衛兵達が微かに動き出すと途端に真剣な顔になる。
さっき衛兵達が来た方向からは、別の衛兵が騒ぎを聞いて走りこんでくる音もする。
「・・・、行くよ。」
「えっ・・・きゃぁ!?」
驚いているの傍まで寄った伊作はサッとを横抱きにして持ち上げると、衛兵達から逃げるように走り出した。
「ちょ、ちょちょちょ伊作!?あんた、何してるの!?」
「何って・・・あーほら、城の人達がこっち追いかけてきてるから逃げてる。」
伊作の言うとおり背後から待てーーーとかいう声が聞こえなくもないが、
突然横抱きにされては落ちないようにしがみ付くのに一杯いっぱいだ。
「え、というか、なんでいるの!?皆は!?」
「まだ合流してないよ。」
「なっ・・・だったらなんで!私が引き止めてる間にも・・・」
「言ったでしょ、は女の子だって。」
「なっ・・・!?」
折角の作戦が台無しになったのに構わずケロリとしている伊作に、の頭に血が上る。
「何言って・・・!こんな時まで馬鹿にしないでよ!!!!」
「馬鹿にしてないってば。」
「じゃなんで・・・」
「別にが立派なくのたまだっていうのはわかってるけどね。」
が顔を上げれば、伊作は悪びれた様子もなくフワリと笑った。
「僕にとってははくのたまとかの前に、大事な女の子なの。」
・・・へ?と首を傾げるけれど、伊作は変わらぬ笑みを浮かべているだけで。
どういうことかと考えを巡らせれば、え、それはつまりなんだ?
「・・・告白!?」
「うん、一応そういうことになるねぇ。」
一気に恥ずかしくなっても伊作は変わらなく、仕方なくが顔を俯かせてみたのだった。
けれど恥ずかしさは後を追うようにの中を侵食する。
なんだこれは、違う意味で実習にならなくなりそうじゃないか!!!!!!!
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男らしい伊作ってなんですか。
男らしい伊作ってなんですかあああああああ!!!!
2008 11 13
title:ユグドラシル
きょうすけ様に献上