ゆらりと揺れる、花があった














「・・・どうかしたんですかラビ?」

「ラビ?」


 一緒に談話室へ行こうと歩いていたアレンとリナリーが不思議そうに振り返った。
 ラビは、窓の向こうで揺れる花を立ち止まってジッと見つめていた。







「・・・もうそんな季節か。」


「花が咲く季節ってことですか?」

「ラビ、あの花知ってるの?」









「ん?あぁ。あれは・・・・・・・・・勿忘草、さ。」






 今から、ちょっとした昔の話をしよう


























 勿忘    





















「ジュニア!」



 教団に入る前、ほんの数年前の話。


 ヨーロッパのとあるところの小さな紛争を記録するためにやってきた村に、少女はいた。





「おーおはよ、。」

 名を、


「今日はお仕事いいの?」

「それが聞いてよ、朝ジジィのパンをちょーっと食っただけなに、
 ジジィのやつ怒って俺を置いていきやがった!!マジないわーーー!!!」

「あははは!なにそれ、アホらしい!」





 この村は直接紛争には関わっていない。だが紛争地帯に一番近い村だ。
 つまり記録をするのに丁度いい泊まりどころ、といった感じだ。

 は俺たちが寝泊りしている家の隣に住んでいる同い年の女の子だ。






「おーおはよー   、!」

「今日はブックマンは一緒じゃないのかい?」


「今日はおれっち留守番ーーー!!!」

「おはよーおじさんおばさん!ジュニアは今日は置いてかれたんだって!」



 他の村の住人も、俺たちには気さくに話しかけてくる。
 こっちから仲良くしてるんだから、当たり前っちゃー当たり前だけど。






!それ言うのなし!!」

「なんでー?だってジュニアが蒔いた種でしょ?」

「くっそー!!!」


「ふふふ、相変わらず2人は仲がいいわねー。」


 何故か嬉しそうに笑う近所のおばさんを見て、俺とは顔を見合わせて笑った。






 仲がいいけど、それにはワケがあるって他の奴らは知らない。







 は、俺たちブックマンがどんな存在なのか知っているから一番仲がいいだけだってことは。














「それにしても今日は1日暇になっちゃったねジュニア!」

「まーね・・・って、何か変なこと考えてない?」

「変なこと?全然考えてないよ〜それより買い物付き合ってくれない!?」

「ほら考えてんじゃんか!!」

「これのどこが変なのよ、さー行くよ〜♪」



 楽しそうに笑うに腕を引っ張られながらちょっと歩いた先の町まで繰り出す。






「ほらジュニア!」


が無理やり引っ張る〜。」


「じゃぁ自分で歩いてよ!」





 ここに来て数ヶ月経ったある日。
 俺は気まぐれにブックマンというものがどんな存在なのか、どういう仕事をするのか、
 に教えたことがあった。

 この村の住人に理解してもらうために(勿論寝屋の安全確保のため)
 おおまかな事を言ったことはあったが、それよりももっと深く、だ。

 どうしてかなんてわからない、気まぐれだって言ったろ?
 そのおかげか、それからはとよく一緒にいるようになったし、
 たまにまたブックマンの話なんかもしてる。






「歩きたくないー今日は寝屋でゴロゴロしたかったのにー!」

「そんな事してたら帰ってきたブックマンに殴られちゃうよ?」

「うがーーーー。」

「もう、子供じゃないんだから!ジュニア!!!」



 記録地(ログ)の話もした。
 そして記録地を移る毎に偽名を変えていることも。

 それからだ、が村の奴らのようにこの記録地での偽名でなく、
 ジュニアと呼ぶようになったのは。







「しょうがないなー、向こうの町まで付き合ってくれたらアイス奢ってあげるよ?」

「マジ!?じゃー行く!!」

「現金なヤツ。」

「それ褒め言葉?」

「まさか!!」


 は俺のことを知っている。
 それで一緒にいる。

 全て、とまではいかないけれど、多分俺は全てに近いくらい俺やブックマンのことを話した。
 (ジジィのこともちょっと。)
 それを聞いて、は俺と一緒にいる。


 だから面倒がなくて、居心地が良かったんだ。
 だから一緒にいたんだ。











 それは、ここを出て行く時まで。








「   、そろそろ次の記録地へ移るぞ。」

「へいへい。もう紛争も終わっちまったしね〜。明日?」

「あぁ。」




 春のことだ。
 紛争もやっと政府が介入して、もうすぐ鎮圧される。
 ここで記録することはもうない。
 他の場所に移る。

 いつものことだ。
 突然明日出て行くのも、いつもの事だ。



「・・・   。」

「なんだよジジィ。」

「いや、次の記録地では  とする、間違えるなよ。」

「へーい了解しました〜。」














「なんだ、もうすぐだろうとは思ってたけど、何も今日いきなり発つことないじゃないか!」

「本当にねぇ、ブックマンも   も水臭いじゃないの。」


 朝、いきなり出発すると言った俺たちに、それでも村の住人のほとんどが見送りにきた。



「すまぬ、仕事柄の。」

「まぁみんな元気でね〜。」


 記録地にダラダラといるわけにはいかない。
 戦争は今もどこかしらで繰り広げられてるわけだし。
 そんなアホらしいことを俺たちはしっかり記録しなきゃいけないからだ。



「そういえばはどうしたんだい?」

さんが言うには、朝から見かけないらしいけどねぇ。」



「じゃーにもバイバイって言っといて〜!」

「では我らはこれにて失礼する。」


 一応礼儀としてお辞儀をするジジィを横目にヒラヒラと手を振り、村を出た。
 がいないらしいが、そんなことを気にしてる程、世界は暇じゃない。














「ジュニア!!」


 村を出た川のほとりで、声がした。
 橋を渡っている俺たちの後ろからが走ってきたからだ。



「ジジィ、ちょっと行って来る。」

「・・・手短に済ませ。」


 何の躊躇いもなくひょいとの元へと走っていくと、
 はニッコリと笑って出迎えてくれた。



「よかった追いついて。」

「どっか行ってたんか?」

「うん。そろそろここを出て行く頃だろうなぁって思ったから。」

 そう言っては一輪の花を差し出した。




「なに、餞別?」

「そうだよ、受け取ってくれる?」

「もちろん。」


 俺がニッコリと笑ってそれを受け取ると、は少しだけ悲しそうに笑った。




「・・・それは、Forget me not」

「へ?」

「・・・勿忘草って言うの。春から夏にかけて咲くの。」


 あからさまな花の名に一瞬戸惑った。
 は俺のことを知ってる。
 俺のことも、ブックマンのことも。



「知ってるよ。ブックマンは一度来た記録地には絶対に戻らないってことも。
 もう私のことは、紙の上の人間としかならないってことも。」


 ほら、知ってるじゃないか。


「でもね、それでも、覚えていてほしいって思っちゃったの。」



 でも、こんなは知らない。





「ジュニアは一度見たものとか忘れないって言ってたから、私のこと忘れるわけないとは思うけど。」





 そういえば自身を、俺はあまり知らない。





「そうじゃなくて、私は・・・」


 そう言って泣きそうな目をしたを、俺は知らない。




「・・・ジュニアの心の中で、忘れないように覚えておいてほしいよ。」








 俺はとよく一緒にいた

 それは俺やブックマンのことをよく知っていたから
 居心地がよかったから


 どうして教えたかなんて気まぐれだって言ったろ

 と一緒にいたのも気まぐれの一部だ



 だっての言うとおり

 もうここには来ない

 にも二度と会わないのに









「・・・ごめんね、こんな変なこと言って。」

 は気を取り直すようにニッコリと笑った。


「とにかく、元気でね。死なないでよ!」

 そう言っては俺の体を無理やり反転させて、ドンと背中を押した。



・・・」



「   」

 そんな行動に少し躊躇ってしまった俺に、ジジィが声をかける。
 目を見れば、その後なにを言いたいのかわかる。

 そうだ、俺はブックマンだ。





「・・・じゃぁな、。」


 俺は振り返ってに笑顔付きで別れを言うと、ジジィの元へと歩き出した。
 もうここには来ない。
 そうだ、だって俺はブックマン。
 さっき呼ばれた名も、もう呼ばれることは二度と---









「   !!!」







 ---、呼ばれることのない名で、呼ばれた。
 後ろにいる、俺のことをジュニアと呼んでた、に。

 思わず振り返れば、そこにはいつもの笑顔のがいた。




「・・・じゃーね。」




 そう言うと、は去っていった。
 一度もこっちには振り返らず。











「・・・  」


 それを呆けるように見ていた俺に、ジジィが声をかけた。
 名は、次の記録地の名だった。
 それに従ってまた歩き出すと、
 丁度ジジィと並んだ時に「まだまだ未熟じゃな。」と聞こえてきたが、気にしないことにした。






 ひゅうと風が吹いて

 俺の手元で小さく揺れていた青い花が空に舞った

 そしてどこかにいった


 でも消えなかった

 あの花の青さも

 が呟いた花の名も

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 それは

 ブックマンになると誓ってどこかへ捨ててきたはずの



 心の中で



























 これで、ちょっと昔の話は終わり



「ラビ、いつまで見てるんですか?」

「早く行かないとお菓子なくなっちゃうわよ?」



 丁度前にいるアレンとリナリーに声をかけられたことだし。
 ゆらゆら揺れる花に小さく「じゃぁな。」と言って歩き出した。






 あれから、春になってたまにあの花を見かけると思い出す

 今みたいに


 気まぐれに一緒にいただけじゃないのだろうか

 いや、そのはずだ



 でも、あの花を見ると思い出してしまう

 どうしても



 まさか教団に咲いてるとは思わなかった


 これなら毎年思い出してしまいそうだ



 教団にいる限り、な









 でも、それもいいかもしれない




 春になってちょっと思い出す


 のことを

 とのことを



 頭の中じゃなくて

 未だにのことだけ残ってる

 捨ててきたはずの心の中で






















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あんまり悲恋(?)って得意じゃない。
ラビの名前、気にせず使おうかとも思ったけど
それはやめておいた。



 2009 03 07